不思議だよなあ。 長いスカートを翻して走り去ってゆく後ろ姿を見ながらレノは呟いた。 「・・・何がだ」 ルードはむっつりとしながらレノの方を向くことなく、声を掛ける。 「あんなちゃらちゃらした格好でだぞ、と。 どうしてあんなに早く走れるんだぞ、と。 ・・・まあ、思うわけだ、ぞ、と」 相も変わらず苛々したしゃべりをする。 だがいい加減慣れてもいたのでルードは顔色ひとつ変えず言い放った。 「普段から着ているからだ」 「・・・・・・」 こう、もっと、なんだ。 修飾語をつけたって良さそうなもんだが。 レノは呆れながら巨漢の男を見上げて溜息をつく。 但し、彼がルードの無口さをいたくお気に入りなのも事実なのだが。 「取りあえず、彼女の家にでも先回りしておくか。 お前はどうするんだぞ、と」 「・・・別の任務があるので戻る」 そうか、と言ったようににやりと笑い、レノはひらりと階段の踊り場から一気に下へ 飛び降りた。 「じゃ、後でな、と」 仕事というよりお遊び気分でいるレノに眉を顰め、苦い表情をしていたが 直ぐさまルードも身を翻した。 煉瓦畳みの石段には、小鳥たちが数羽残るのみになる。 たたた、と伍番街スラムを抜けてもう少しで我が家と思ったとき、 エアリスは細身で長い赤毛の男を見つけた。 あろう事か彼女の育てた花たちのすぐ傍に立っている。 「そこ!それ以上さがっちゃ駄目よ!」 「は?」 「お花踏んじゃうでしょ!?」 走ってきたせいかやや赤らんだ頬を膨らませて、エアリスは ぐっとレノの手を引っ張った。 「気をつけて! あそこまで育てるの、大変なんだから!」 そんなことより自分の身を心配したらどうなのか。 呆気にとられたようなレノを尻目にエアリスは彼の足跡が半分花壇に踏み込んでいたことに 気付いてぱっぱっと直し始めた。 「あのなあ」 「・・・・・・」 「そんなコトしてる間に神羅に連れてくぞ、と」 「・・・・・・」 「なあ?」 「・・・まだ」 「はあ?」 「まだ、そっちも必死になってない癖に」 ざっとスカートの汚れを払って、エアリスはレノへと振り向く。 ピンクのリボンが、ふわふわ流れた。 くるりと巻かれた栗色の髪が甘い匂いを運ぶ。 ・・・スカートの裾が、波のようにうねった。 不思議だ。 レノはぽりぽりと頬を掻きながら一瞬見惚れていた。 この娘(こ)は赤ん坊の時から実験室にいた。 漸く逃げ出した後もこうやって俺たちに追われる生活が続いている。 そんな状態の中で。 彼女はやはり女としての華を見事に咲かしている。 それは生まれ持ったものなのか。 それとも彼女の強さ故なのか。 「宝条博士が」 彼女は弛みかけたリボンをきゅっと結び直して、彼を見上げる。 「今は何に夢中になってるか知らないけど、もし本気でわたしを捕らえに来るときが来たら、本気で逃げるよ」 碧い瞳がすぐ目の前にあった。 この星の、綺麗な色をひとつ挙げろと言われれば、レノはこの 翡翠の色を答えるだろう。 ―――は、柄でもない。 そこまで考えてレノは唇の端を上げた。 いろんな女と出会ってきたが、毒気を抜かれたのはこれが初めてだった。 「本気な俺たちから逃げられるつもりか、と」 皮肉を込めて笑った。 上手く凄めた、と自分でも思った。が。 「ムリかもね」 くすりと微笑んで。 エアリスはレノに背中を見せる。 「本当の、本気ならね」 再び振り向いて笑う彼女はまるで子供そのものなのに、何処か陰を含んでいた。 それに気付かない振りをして、レノもまた嘲笑する。 「それは正当な評価をしてもらったと思って良いのかな、と」 「・・・自分で考えてよ」 エアリスは小さく肩を竦めて。 ぶら下げていた籠から数本花を取り出した。 「レノ、あげるよ」 「へ?」 面食らって、目をぱちくりさせたが数瞬で冷静さを取り戻し ひらひらと片手を振って見せる。 「いらない。 それに何だ?花を踏むのは悪いのにそれを売り物にするのはいいのか、と」 狡そうに、彼女を睨(ね)め付けた。 しかしそれに臆することなく、彼女は強引にその手に花を握らせる。 「いいんだよ。 だって愛してもらえるんだから」 「へ!?」 再度のカウンターパンチ。今度は立ち直るのに数秒かかった。 にっこり。 上目遣いでレノを見遣り、とんとんと花を握った彼の拳を軽く叩いて。 エアリスはまたくるりとスカートの裾を拡げて走ってゆく。 途中、振り向いて 「そのお花で今日は見逃してよ!」 と明るく叫ぶとどんどん坂道を登っていった。 「おいおい・・・」 なんなんだ、あれは。 他人(ひと)に向かってずけずけと。 あれが、古代種ってもんなのか? ゆっくり首を振って、レノは一気に疲れを感じた。 今日は止めよう。 花を貰ったし。 そういえば部屋に花瓶の代わりになるようなものがあったかな? 「かああ〜〜〜っ」 ばりばりと頭を掻いてレノは唸った。 調子が狂う。 本当に。 ふと鼻腔を甘い香りがくすぐった。 彼女と、同じ匂いだと気付いて。 レノはしわくちゃのハンカチでそっと花たちを包んだ。
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