はらはらはらはら 降り注ぐ色とりどりの木の葉達。 さらさらさらさら 風の音と、混じり合うように葉擦れの音が微かに聞こえてくる。 首が痛くなるまで上を見上げていても、いつまでも飽きは来ない。 片手を掲げ、掌にかさりと留まる紅色、鬱金(うこん)色、柑子(こうじ)色・・・・・・ 温かな、それでいて淋しげな配色に感嘆した。 それこそ、時が経つのも忘れるほど。 休むことなく走り続けていた。 それでも発する呼吸音は小さい。 日頃身に付いていて、意識しなくてもこなせてしまうのだ。 緊迫した状態ではない。 なのに最早暑いとはいいがたいこの時季にうっすら額に汗浮かぶのは 心が急いているからだろうか? ざくりと足元が取られそうなほど深く落ち葉が積もっている。 随分と山に分け入ってきたと感じ始めた頃、剣心は微かな人の気配に気付いた。 「・・・巴?」 濃い樹々の匂いに紛れて、うっすらと白梅の香りがする。 疎ら雨のように降りかかる木の葉の中に、彼女の姿があった。 「あなた・・・」 ぼんやりと空を眺めていた彼女は声を掛けられて初めて剣心に気付いた。 やや瞳を大きくして、びっくりしたように駆け寄ってくる。 「どうかしたんですか?」 「どうか、じゃない・・・」 大きく溜息をついて剣心は額に張りつく赤毛を掻き上げて上目遣いで彼女を見た。 「家に帰ってみれば君は居ないし。 しかも土間は片づかないまま、囲炉裏も燻ってるまま。 何事かと思って探してたんだぞ・・・」 みるみる巴の顔色が変わって、申し訳なさそうに俯いた。 「ご、ごめんなさい。 野ウサギが里まで下りてきたのを見つけて、山に帰してやろうと 連れてきたんです。 そうしたらあんまり紅葉(こうよう)が綺麗なもので・・・・・・」 小さな声が申し訳なさで更にか細くなってゆく。 そのまま巴は頭を下げて動かず、じっと剣心の言葉を待っているようだった。 白い項に、楓の真っ赤な葉がひらりと止まる。 みっつくらいの呼吸の後、巴はいきなり後へ押された。 どん、と真後ろの樹に背中が当たる。 訳が解らないまま、視線を剣心に戻すといきなり噛みつくように口付けされた。 「・・・っ」 巴は反射的に逃れようとして返って頭を固定されてしまう。 息が苦しくなるくらい貪った後、剣心は巴の左耳に唇を寄せて囁いた。 「したい」 かっと身体が熱くなるのを感じながら、巴は否定しようとした。 だが先程の口付けで、身体の裡にじわりと火がついたのは確かで。 慌ててまた俯くと直ぐさま剣心が彼女の小さな顎を持ち上げてまた 唇を重ねてくる。 とん、と彼の胸を叩いてみるが剣心が気にかけることもなく。 呼吸することもままならないまま、幾度も幾度も剣心の、その痩せた指が 巴の髪を掬い上げる。 やがて立っていることさえも辛くなってきて 巴は後ろの幹に全ての体重を預けた。 ぎゅっと剣心の襟を握り締めると彼の腕が彼女の腰に回り、 そのまま巴は崩れ落ちる。 いつも、彼は、優しく彼女を抱いてくれた。 それでも我を忘れ始めるとまるで縋り付くように掻き抱く。 少し不器用で、それでいて情熱的で。 自分より少しだけ若い彼の愛撫を彼女はとても愛しいと感じている。 はだけて広がった薄青の着物地に、はらはらと落ち葉が舞う。 激しい息づかいの中でそれをぼんやり眺めながら、 ああ、綺麗と考えていた。 時々目蓋を開けるたびに中空から弧を描き、鮮やかな雪のように、 自分の髪に胸に、彼の髪に背中に―――降り積もる。 「こっちを見て」 掠れた声で不意に剣心が喋った。 「俺だけを見ていて・・・欲しい」 ぱさぱさと陽に焼けた彼の赤毛が揺れた。 答えようとして、それは言葉にすることが出来ず、弓のように背がしなる。 「何も言わなくても、何も与えてくれなくても、いい、か ら・・・・・・」 剣心は紅葉(もみじ)に彩られた着物ごと巴を抱きすくめた。 彼女の胸に顔を埋めて、熱い吐息を吐きながら。 「此処に、いてくれ」 上り詰めた奔流が巴の身体中を駆け巡った。 必死に腕を伸ばしながら彼の頭を抱え込んで、頬ずりする。 もし、赦されるなら。 ずっと、ずっと・・・・・・此処に・・・・・・・・・ 幾つか髪に絡んでしまった落ち葉をお互いの手を借りて ゆっくりゆっくり取り除いてゆく。 下手をすると細かく砕かれてしまう葉を笑いながら、 指で払い落とす。 「巴・・・」 「はい?」 「ごめん、今日は・・・俺、酷いことした」 ついさっきまであれ程男の顔をしていた人が。 現在(いま)は悪戯をして怒られた、子供のような表情をしている。 ふう、と柔らかく息をついて巴は剣心の手を握り締めた。 「・・・帰りましょう、わたしたちの家へ」 暮れ始めた空を吸い込んだように 周りの景色は剣心と巴を擁したまま、赤く色づき始めていた。 ほんのり夕陽に照らされながら、はにかんだような彼女の顔を 剣心は、ああ、何処かでみたなとぼんやり思い出す。 焼け落ちた町の、小さな橋の上で。 差しだした自分の手を取ってくれた彼女。 あの時から。 彼女は彼と共に―――――――――・・・ 「・・・ああ、帰ろう」 剣心の短い応(いら)えは、巴を柔らかな微笑みで満たした。
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